第4回 桜門卓話会「地方中小建設会社と桜門工業クラブ」

1.主題 「地方中小建設会社と桜門工業クラブ」

2.出席者(順不同,敬称略)
  卓話者(話題提供者) 
   佐々木 幸一 様 (国際建設株式会社 代表取締役社長)  
  桜門工業クラブ
   大内 達史 理事長
   小泉 直人、朝倉 浩樹、木田 哲量、松田 礼、神部 優美子、永井 香織、津覇 誉、小峯 健一、
   高橋 厚志、平 一暁、大久保 通則
  来賓
   理工学部長 青木 義男 先生

3.開催日時 2021年5月22日(土) 18:00~20:00

4.開催場所
  ZOOM、TEAMS環境およびウィシュトンホテル・ユーカリ会議室

5. 卓話

本日の流れ
・佐々木幸一のプロフィール(生まれ~日大~就職~現在)
・弊社・国際建設株式会社の沿革(創業~推進工事~現在)
・桜門工業クラブとの関係(入会~旧修養団会館、新年会、昼食会夕食会、海釣り同好会、旅行会、ゴルフ同好会、企画運営委員会~現在)
・時代とともに変わる地方中小建設業の経営(公共予算削減、発注工事減少、高齢化と人材不足、法規制の厳格化多様化による窮屈さ、自然災害多発、国土強靭化、地球温暖化)
・いかにして生き残るか
・ムーンストライク。。。いかなる方向へ

・佐々木幸一のプロフィール(生まれ~日大) 昭和35年(1960年)10月10日東京都生まれ中学~高校と山梨県
 日本大学理工学部海洋建築工学科に入学(昭和54年)
 国府田誠先生(土質地盤、杭)から救いの手
 夏休みの課題「杭に関する論文の英文和訳 Lymon.C.Reese」
 まったく専門用語がわからない
 研究室独自所有のパソコンやプロッター操作 人生で役立つ卒研「軟着底式海洋構造物の地震応答に関する研究」
・佐々木幸一のプロフィール その2(就職~現場)
 就職活動期は昭和59年、建設系の求人がほぼ皆無  ことごとく撃沈 
 採用していただいた㈱青木建設(現 青木あすなろ建設)では大阪支店建築部現場勤務
 神戸で従事した現場は厳しい現場監理者で現場スタッフが苦労。 後年阪神淡路大震災に見舞われながらも被害が無かったとのこと。

・佐々木幸一のプロフィール その3(第二の職場入社~現在)
 平成元年、国際建設株式会社入社 東京支店(当時は渋谷区代々木現在は杉並区阿佐ヶ谷)で営業総務経理など経験する。当時9割以 上が管推進工事に特化した下請け主体 指名競争入札制度の難しさ平成2年本社(山梨県甲府市)へ 土木建築元請主体としておりゼネコン形態ながら政治カラーも強い中で営業の場に出ざるを得ない。指名競争入札+業界+政治カラー 方程式と度胸
1999年平成11年から社長職だが よろずなんでも仕事多い感じ

・佐々木幸一のプロフィールその4
 地元の日大の先輩は業者だけでなく官側にも多く、しばしば縁に助けられる。
 桜門工業クラブも同様であった。さて同様に後輩の面倒を見て来たのか?。。。

写真は山梨県支部の新年会

・国際建設株式会社の沿革(創業~推進工事)
 創業 昭和22年10月21日(水)=蛭子能収(よしかず)さんと同じ
 満鉄引揚げ者の土木技術者集団が総合請負建設業の会社創業
 初代社長は佐々木主殿(祖父)。初弾工事は国鉄のまくら木交換、鉄道土木中心に国土復興の道路河川工事など一般土木、公営住宅など建築工事も早々手掛ける。
 山梨に本社移転、管路推進工事のパテントを取得東京大阪に支店を構え多くの工事を手掛ける。元請受注から下請けにまわるもマルが良く一時ぽっきんも有り

・国際建設株式会社の沿革(創業~推進工事)その2
パテントの案内書
「振動による管推進埋設工法」

・国際建設株式会社の沿革その3(推進工事~管更生工事)
 管推進工事は小口径化 機械メーカー多数参入により潮目の変化
 オイルショック前に社長は2代目(母 佐々木滿里子)に代わる、会計と財務の健全化、原価管理強化、科学的経営。建築を中心とした民間営業に注力、結果として多くの顧客を得た。
 その頃から公共工事予算は削減傾向、受注環境が厳しくなる。
 東京都区部で下水道が完備、老朽化管の更生工事が始まり山梨県甲府市でも施工後50年を経過した管路の更生工事が始まり10年以上になった。

・国際建設株式会社の沿革その4(推進工事~管更生工事)

施工中の管更生工事(SPR工法)

・国際建設株式会社の沿革その5(推進工事~管更生工事)
 建築工事
 山梨県防災新館
 (県庁新館+県警本部庁舎)
 PFI事業

・国際建設株式会社の沿革その6(推進工事~管更生工事)
 品質方針「安全に・より良く・より早く」のもと75期をむかえた。先人の努力による基盤もさることながら厳しい環境下で頑張ってくれている役職員、関係協力業者に感謝。
 ご愛顧いただいているお客様から信頼を得るには何十年もかかるが、失なうときは一瞬ということを教わった。

・桜門工業クラブ入会から現在まで
 平成元年入会 紹介者 吉田喜一氏
 当時 旧修養団ビルに事務局(藤田理事長 林局長)

 新年会 昼食会夕食会→カレーライス 海釣り同好会→東京湾旅行会→山梨開催は石和温泉でした
 ゴルフ同好会→オリンピック会場の「かすみ」も行きました
 企画運営委員会→クラブの今後の企画
 在籍は長いのですが山梨が中心の生活になってからご無沙汰気味しています(-_-;)

 

・時代とともに変わる地方中小建設業の経営
戦後仕事、会社、人材ともうなぎ上りで増えた。
歯止めのない自由競争下で収益、品質の低下が懸念され積極的に業界
団体が品質安全向上のための活動や陳情を行う(これ以外に+α)
現在、建設業者を見る目は懐疑的。楽して高収益を上げているのではないか、見えない所でコストオンしているのでは と。
顧客に対する説明責任は法令や施工の事以外に、原価の理解を得るこ
とが必要不可欠だが難しい場面がある

 

・時代とともに変わる地方中小建設業の経営その2
建設業法や建築基準法など法規制の強化要素は増えても人材は不足している。平成バブル期の状況とはちがう感じ
自然災害多発による国土強靭化政策は5カ年延長され公共工事頼りの地方業者には恩恵だが5カ年ののちはいかなる見通しになるのか。国の財政状況が年々厳しくなるなかに加えてコロナがどう影響するか

・いかにして生き残るか
 顧客→元請→下請け(多層)  従前一方的
   ⇔   ⇔         このような例が増えてきている
 ますます人材は限られ現場で行なうことは多い
 ICTやRPA、AIやDXなどネットや電子の力でカバー出来ることが多くなってきたが人同士のコミュニケーション形式も同時に組み合わせて業務改善する方法が有効になると思う。コーチングやリカレント
テーマの奥は深い

ムーンストライク
 ブラックライト下で一斉投球してストライクを狙うボウリングアトラクション。。。(^^;
ムーンショット(申し上げたかったのはこちら)
 非常に困難で独創的な壮大な計画や挑戦
 莫大な費用、様々な障壁のなか独創的なアイデアの可能性を信じるポジティブさが必要。
 INSPIRE-人々を魅了 CREDIBLE-信憑性 IMAGINATIVE-独創的
 JFK1961・5・25スピーチにおける
 「月に向けたロケットの打ち上げ(ムーンショット)」が由来→アポロ計画

・ムーンショットはいかなる方向へ
 コロナ下、ロングスパン(30年くらい先)の会社の姿を示してあげると社員のモチベーションが上がるという記事
 リニア中央新幹線品川~名古屋開業、高速道路網、広域5G通信網
 国際情勢 特にアジアはどうなっているか
 ネーミングの志からという意味でもASIA諸国の商圏を目指す。。
 パッケージグループで諸都市を施工ラウンドする(日本にも居る)

6. フリートーキング 

(進行役)
 佐々木さん、本日は誠にありがとうございました。さて、小泉さんから質問がありました。(本件は、途中で通信不調があり、メールでのやり取りをさせて頂きました。)

Q: 会社を経営してこられ、楽しかったことや良かったことなどを紹介してください。

A; 私は根が楽天的なのでしょうか、思い出はたくさんあります。
 コロナ下で出来ずにいる会社行事の全体懇親会。
 会場をぐるりとお酌に歩くとたらふく返杯で飲まされてしまうので一周するのが苦しいですが楽しい 思い出です。
 また定年延長でかなりの年齢まで勤めてくれた社員から退社日に丁重なるお礼の挨拶をいただいたとき、当社はこの人の人生に役立つことが出来たかなと心が温まる思いでいっぱいになりました。社員の幸せが実感できることは究極の目標です。

(進行役)
 さて、フリートーキングと称しまして、佐々木 幸一さんの卓話から関係する話題を取り上げまして、オンラインで交流したいと思います。
 本日、山梨の佐々木さんを中心にして千葉会場やご自宅でオンラインに参加して頂いている皆様方は、順不同で敬称を省かせて頂きますが、青木 義男、木田 哲量、大内 達史、小泉 直人、松田 礼、神部 優美子、朝倉 浩樹、永井 香織、津覇 誉、小峯 健一、高橋 厚志、平 一暁、大久保 通則の各位です。
 桜門工業クラブは、会員の親睦と識見の交流を図ることを目的として、日本大学に縁を持たれた異業種の方々が参集されています。そして、会員の皆様の年代は、戦前、戦中、団塊、バブル、ゆとり世代などに亘り、貴重な経験工学を積まれております。
 今回は、以下の3項目(①経営者の継承と伝承、②時代の変化と技術者の役割、③コロナ禍における社会変化)についてご自由な意見交換をさせていただきたいと考えております。そして、原則として個々のご発言と個人名はリンクしないという編集方針でまとめたいと考えております。本日は、よろしくお願いします。

①経営者の継承と伝承
 *私の会社は、昭和22年創業です。創業者や先代からの誠実さを根底とした経営を受け継ぎ、顧客並びに協力業者から信頼を得ることは必須ですが時代のすう勢に乗り遅れないよう常に世間の風に当たり吸収すべきは吸収していくことが大切だと感じています。

 * 私は4代目の経営者で、今は人材育成が重要であると認識しています。そして、これからの時代において企業を堅実に発展していくために、いくつかの課題に取り組んでいます。さらに、技術のわかる社員と連携して、良い経営や高い技術を継承していきたいと考えています。

 * 弊社は、来年で160周年を迎えます。そして、全社員が心を一つにして一生懸命に、お客さまのためにあるということを継承しています。最近、人材不足や生産性向上などの課題があり、これらの問題解決も重要な事柄となっています。

②時代の変化と技術者の役割
 * 時代が変化しても、技術者の役割という意味では変わっていないと考えます。理工系の応援歌「若きエンジニア」の歌詞の中にあります「地を拓きゆく者、若きエンジニア」などの継承が、重要と思います。さらに、自分たちが造ったものに、どこまで責任を持てるかが非常に大事だと考えます。最近のニュースにおいて、施工や管理に関係すると推測される不祥事も気がかりです。さて、本日の佐々木さんの卓話の中で、信頼は積み重ねていく段階で時間がかかりますが、反対にそれを失うのはあっという間だったりするお話があり、私も同感致しました。そして、学生時代には、失敗から学ぶことの重要性などを伝承することが大事であると考えます。

 * 大学の教員の立場からは、時代に対応した企業の実情を伝えるというのは難しい問題ですが、基本的なことを伝承していくことは可能と考えます。その要点は、論理的な考え方を正しく身に着けて、それを正確に説明できる素地を教育しています。

 * 継承と伝承及び時代の変化ということで、戦後日本の復興の重要な役割を果たされた青木孝義先生の知り得ることを紹介させて頂きます。青木孝義先生は本日、ご参加頂きました青木理工学部長のお祖父様です。孝義先生は経済学者・政治家・教育者として、日本大学経済学部長、衆議院議員および経済安定本部総務長官などを歴任されました。お父様の青木顕一郎先生、青木義男先生と継承され、日本大学に、三代にわたり多大なご貢献を伝承されておられます。

 * 日本大学の卒業生は、様々な分野で活躍しています。そこで、逞しく生きて来られた卒業生のエピソードを紹介させていただきます。最近、早咲き桜の名所である静岡県伊豆の河津桜の町に住む卒業生より、今年5月に国家公務員を退任されたとの便りを受けました。その卒業生は、自然災害を経験して、文系に進む希望を変更して、安全な社会基盤に関係ある生産工学部土木工学科に入学しました。この卒業生は、教員の背中を見て成長したことを伝えてくれました。そして私は、学生の成長する姿を見て教員もともに成長して人生が豊かになることを実感致しました。

 * 私は、静岡県御前崎市浜岡中学校の校舎建て替えに関係していました。最近の学校は、ICT(情報通信技術)や、AI(人工知能)を中心としてかなり進化しています。弊社でも生産性を向上するためのICTやAI等の技術教育と現場での鍛えあげの教育を、マッチングすることの重要性を認識して伝承しています。

 * トンネル工学を中心とした施工と安全などについて、実務経験の豊富な企業の方が、大学に出向かれ講義を行われることはとても意義のあることと思います。生産工学部でも、この分野の大家である飯吉精一先生が多くの後輩を育てられました。さらに桜門工業クラブの山本房志先生もトンネル工学を専門とされておられ、鹿島建設より生産工学部土木工学科に赴任されました。そして熱心に教育・研究を実践して貢献されました。なお、山本先生は桜門工業クラブにおいて、ハイキングや旅行同好会及び俳句の会などに献身的に参加され、クラブの発展に寄与されていました。

 * 私は、国土交通省の新技術活用評価会議委員などに携わってきました。その経験の中で、現場の技術やデータを正確に残し、後世に伝承していくことの重要性を感じています。

③コロナ禍における社会変化
 * 大学においては、学生の目線に立ち、授業や学生生活などの対応を工夫しています。そして、普段とは違う学生の一面をみることができました。例えば、我々の教員の立場を理解し、気を使ってくれる学生も結構いました。また、学生は人間的に自ら成長してくれていることを感じています。就職率については、昨年度はコロナ禍の状況の中であったにも関わらず、例年と変わらない高い数字を維持しています。これは、日大の学生さんの優しい心意気がしっかりと会社に伝わっているということだと感じています。なお、本日、教員の重要な活動の一つであります学会発表を行ってきました。現在の学会は大半がオンライン開催ですが、学会によって発表方式や質疑応答のルールが少しずつ異なるため、慣れるまでに大変に感じている方が多い印象でした。

 * コロナ禍における時代は変革しています。戦後の昭和30年代の変革について述べたいと思います。私は、昭和42年に設計事務所に入社しました。その会社のオーナーは、中曽根康弘氏(元首相)と同窓生で先輩に古屋徳兵衛氏(元松屋社長)などを輩出した旧制静岡高校を卒業されました。戦前のオーナーは、東工大の航空工学科を卒業されましたが、戦後になって時代が激変して航空から好きな建築の道に進まれ、昭和34年に会社を設立されました。そして、私が社長を引き継ぎました。ここで、経営者として重要と思われることは「技術は手で覚える」を教わり実行してまいりました。今はITの時代だからこそ、これを若い人に伝えたいと思います。

 * 私が所属している会社は、住宅業界に非常に近いです。衣食住の中で、コロナ禍で外に出なくなったということですが、住宅業界は、会社の業績に関してあまり影響を受けなかったことを感じています。そして、経営のコツはやっぱりインターネットですね。具体的には、ブランディングといいますか、見た目をよくするホームページの見栄えがかなりのキーポイントで、顧客の興味を引いてもらうよう努力しています。

 * 弊社は、創業89年となり、私が還暦になりますと100周年を迎えます。コロナ禍ということで、弊社が関係する鉄鋼の溶接構造施工や鉄骨工事などは、大手の製鉄会社が高炉を停止するということなどの影響を受け、需要の低下を招いています。会社では、技術伝承に力を入れております。さらに、社員の皆さんのモチベーションを向上することや、暑い夏に向けて現場環境の改善に取り組んでいます。そしてコロナ後に向けて、いろんなところに今動き出している状況です。

(進行役)
  皆さん、本日は貴重な意見交換を頂きまして、ありがとうございました。